血液が引き裂かれる。「マグネター」の磁力が強すぎる のサムネイル
マグネター公開 更新 1

血液が引き裂かれる。「マグネター」の磁力が強すぎる

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

YouTube Shorts

Share

記事本文

マグネター:宇宙でもっとも強力な磁場を持つ中性子星

あなたの体を流れる血液には、鉄が含まれています。ヘモグロビンという赤い色素タンパク質が、その中心に鉄原子を抱えているからです。普段、私たちはその鉄を「磁石にくっつくもの」として意識することはありません。しかし、宇宙のある天体に1,000キロメートルまで近づいたなら、血液中の鉄は耐えがたい力で引き裂かれ、細胞は原子レベルで歪み、あなたという存在は文字どおり磁場に溶かされるとされています。その天体の名は、マグネター。宇宙でもっとも強力な磁石です。

マグネター発見の経緯:1979年の謎の閃光から仮説の実証へ

物語は1979年3月5日にさかのぼります。この日、太陽系を航行していた複数の探査機が、突然、すさまじいガンマ線の閃光を同時に検知しました。わずか0.2秒で立ち上がり、その明るさは当時知られていたどんなガンマ線バーストよりも桁違いに強烈でした。光は大マゼラン雲の方向、地球から約16万光年離れた超新星残骸からやってきていました。

それほど遠い場所から、一瞬でこれほどのエネルギーを放つ天体とは何なのか。通常の中性子星(太陽より重い星が一生を終え、自らの重力で極限まで圧縮された天体)では、このエネルギーを説明できませんでした。

1992年、天体物理学者ロバート・ダンカンとクリストファー・トンプソンが一つの大胆なアイデアを提唱します。「想像を絶するほど強い磁場を持つ中性子星があるとしたらどうか」という発想です。彼らはこの仮想の天体を「マグネター(magnetar)」、すなわち「magnetic star(磁気の星)」と名づけました。

当初は突飛に見えたこの仮説も、観測技術が進むにつれて検証が進み、1998年には実際にマグネターと断定できる天体が特定されます。現在では銀河系内で約30個が確認されており、その一つひとつが、物理学的な直感が通じない性質を備えています。

マグネターの基本データ:密度・磁場の桁を整理する

マグネターを理解するには、まず数字の桁を押さえる必要があります。

  • 直径: わずか約20キロメートル。都市ほどの大きさです。
  • 質量: 太陽の1〜2倍。それが都市サイズに詰め込まれています。
  • 密度: 角砂糖1個分の体積に、約10億トンとされます。富士山を凌ぐ重さがティースプーンに乗る計算です。
  • 磁場の強さ: 最大で1,000億テスラ(10の15乗ガウス)とされます。

最後の磁場の数字が、マグネターをマグネターたらしめています。冷蔵庫のマグネットは約0.01テスラ、病院のMRIでも最大3テスラ程度、地球の磁場に至っては0.00005テスラです。マグネターの磁場は、地球磁場のおよそ1,000兆倍という値に達するとされています。

極限の磁場が物質に与える影響:なぜ原子が変形するのか

冒頭で触れた「血液が引き裂かれる」という話の根拠を説明します。

磁場が約10億テスラを超えると、原子そのものの形が変わり始めるとされています。電子は本来、原子核のまわりをほぼ球状の雲として漂っていますが、強烈な磁場の中ではその雲が磁力線に沿って細長い形に押しつぶされます。原子は横方向に潰され、縦方向に引き伸ばされた針のような姿に変貌するのです。

この状態では、化学結合が成立しなくなります。分子の結合は引きちぎられ、体を構成する原子はもはや人体という形を保てません。血液中の鉄も、皮膚のタンパク質も、すべてが磁力線に沿って分解されます。熱で焼かれるのとも、重力で潰されるのとも異なる、磁力による解体です。

比較として想像しやすい例を挙げると、もしマグネターが月の位置に現れた場合、地表のあらゆる金属(自動車、鉄骨、橋、鉄道のレール)が磁力線に引かれて空へ吸い上げられるとされています。クレジットカードの磁気情報が消えるどころの話ではありません。

星震と巨大フレア:2004年のSGR 1806-20の事例

マグネターの活動の中でも特に注目されるのが「星震(スタークエイク)」です。強い磁場は星の固い外殻(クラスト)に巨大なストレスを与え続け、時おりその地殻が突如として割れます。

2004年12月27日、地球から約5万光年離れたマグネター「SGR 1806-20」が、史上もっとも激しい星震の一つを起こしました。放出されたエネルギーは、太陽が25万年かけて放つ全エネルギーに匹敵する量を、わずか0.2秒で解き放ったとされます。この閃光は5万光年の旅を経てなお地球の上層大気を一時的に電離させ、人工衛星のセンサーを飽和させました。これほど遠い天体が地球の環境に直接影響を及ぼした事例はきわめて稀です。

高速電波バーストとの関連:2020年の観測が示したこと

近年、マグネターは天文学の未解決問題の一つである「高速電波バースト(FRB)」とも結びつけられています。FRBとは、ミリ秒という一瞬だけ閃く、極めて強力な電波の信号です。発見当初は正体が不明で、さまざまな説が提唱されてきました。

2020年、銀河系内のマグネター「SGR 1935+2154」が明確なFRBを放出するのが観測されました。これにより、少なくとも一部のFRBはマグネターの活動が起源である可能性が高まっています。ただし、すべてのFRBがマグネター由来かどうかはまだ確定していません。

まだ解明されていないこと:磁場の起源と生成条件

マグネターには未解明の問いが残っています。

なぜこれほど強い磁場が生まれるのか。一説には、生まれたばかりの中性子星が1秒間に数百回という速さで回転し、内部の対流と組み合わさって磁場を増幅したとされています。しかし、これは仮説の一つであり確証はありません。また、すべての中性子星のうち、なぜ一部だけがマグネターになるのかも分かっていません。生成条件の解明は、現在も研究が続いています。

マグネターが科学にもたらす意義

マグネターは幸い、私たちの日常を直接脅かす距離には存在しません。もっとも近いものでも数千光年の彼方であり、地球が影響を受ける心配はありません。

地上の実験室では、マグネター級の磁場を再現することは現状では不可能です。そのためマグネターは、極限の磁場下で物質や時空がどう振る舞うかを観測できる、現時点で唯一の環境とも言えます。そこで得られる知見は、量子電磁力学の検証や、核融合炉の磁場閉じ込め技術、物質の根源的な理解といった分野に接続しています。


自分の手のひらを流れる赤い血液の中には、確かに鉄があります。そしてその鉄は、超新星爆発の中で生成され、宇宙にばらまかれた原子の末裔です。マグネターが引き裂くのは、まさにその「星の名残」です。

マグネターについて現在確実に言えることは、地球磁場の1,000兆倍とされる磁場を持ち、星震によって宇宙規模の閃光を放ち、高速電波バーストの少なくとも一部を説明しうるということです。一方で、なぜこれほどの磁場が生まれるのか、なぜ一部の中性子星だけがマグネターになるのかは、いまだ解明されていません。 観測は続いており、答えは少しずつ積み上げられています。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

PR編集部おすすめアイテム

Related

おすすめの宇宙観測

YouTube Channel

この記事が役に立ったなら、チャンネル登録を

新着ショート動画をいち早くお届けします。

チャンネル登録