
降格された星が、9年越しに微笑んだ。
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私たちは「1日は24時間」だと思って暮らしています。朝が来て、夜が来て、また朝が来る。その繰り返しは変わらないものに感じられます。
ところが、その24時間は厳密には一定ではありません。地球の自転速度はわずかに変動していて、ここ数年はむしろ速くなる傾向にあります。2020年以降、1日の長さが基準の「24時間」をごくわずかに下回る日が、何度も記録されてきました。
この変化を受けて、いま専門家のあいだでは、時計から1秒を引く操作——「負のうるう秒」を実行すべきかどうかが、現実の課題として議論されています。これまで一度も行われたことのない操作です。
宇宙から見れば、地球は青く、滑らかに回っているように見えます。けれど、その傍らで時を刻む原子時計は、地球が「予定より少し速い」ことを正確に記録し続けています。
私たちはどうやって時間を測ってきたのでしょうか。
長いあいだ、時間の基準は空にありました。太陽が真南に来てから、次に真南に来るまでを1日とし、それを24で割って「時」を、さらに分割して「分」「秒」を得ます。つまり1秒とは、もともと「地球の自転」という巨大な時計から切り出された、ごく薄い一片でした。
このように地球そのものの回転を基準にした時間を天文時(UT1) と呼びます。もっとも素朴で、人間の感覚に近い時間です。
20世紀半ば、人類はより正確な「振り子」を手に入れます。原子時計です。
セシウム133という原子は、特定のエネルギー状態のあいだを移るとき、きっかり91億9263万1770回振動するマイクロ波を吸収・放出します。この回数を数えきった時間を「1秒」と定義する——1967年、人類は時間の基準を、空から原子の内部へと移しました。こうして定められたのが国際原子時(TAI) です。
原子時計の精度はきわめて高く、最新の光格子時計に至っては、数百億年に1秒ほどしかずれないとされています。宇宙の年齢(約138億年)を測り続けても誤差が1秒に満たない計算です。
こうして人類は、性質の異なる二種類の時間を持つことになりました。
問題は、このふたつがしだいにズレていくことでした。地球の自転は、潮の満ち引きによる摩擦などの影響で、長期的にはわずかずつ遅くなっています。一方、原子時計は遅れません。放っておけば、いつか「原子時計の正午」と「太陽が南中する正午」が大きく食い違ってしまいます。
そこで1972年、両者を調整するしくみが導入されました。私たちが日常で使う協定世界時(UTC) です。これは原子時計で正確に時を刻みながら、地球の自転とのズレが0.9秒を超えそうになったら1秒を足して、辻褄を合わせる方式です。
このとき差し込まれる1秒が、「うるう秒」です。
うるう秒の制度が始まった1972年から、これまでに挿入されたうるう秒は27回。そのすべてが、1秒を足す「正のうるう秒」でした。
理由は単純です。地球の自転は長期的には遅くなっているため、原子時計のほうが先に進みます。そこで時計を一瞬止め、「23時59分60秒」という通常は存在しない瞬間を挿入して、地球の遅れを待つ。それがうるう秒の役割でした。半世紀のあいだ、私たちは一貫して地球を待つ側にいたわけです。
ところが2020年頃から、様子が変わります。地球の自転が、遅くなるどころか速くなったのです。
1日の長さ(基準の8万6400秒)からの差は「LOD(Length of Day)」という指標で測られます。近年このLODがマイナス、つまり1日が「基準より短い」日が続出しました。
1.5ミリ秒といえば、人間にはまず感じ取れない、まばたきの100分の1にも満たない差です。それでも原子時計はこの差を見逃しません。微小な速まりが積み重なれば、いつかUTCのほうが地球に対して遅れることになります。そのとき必要になるのが、まだ一度も実行されたことのない操作、時計から1秒を引く「負のうるう秒」です。
では、何が地球を速めているのでしょうか。実のところ、その答えはまだ完全には分かっていません。
地球の自転速度には、いくつもの要因が重なって影響しています。
近年の速まりの主因として有力視されているのが、最後の核の運動です。地球の中心では、溶けた金属の外核が対流し、固体の内核がその中で回転しています。この深部での角運動量のやりとりが、地表の自転速度に影響しているのではないか、と考えられています。地下6000キロほどの深部で起きている見えない変化が、私たちの1日の長さを少しずつ書き換えている可能性がある、というわけです。
ただし、ここはまだ仮説の段階です。宇宙から見れば滑らかに回る一個の青い球ですが、その内部では巨大な金属の流れが回転のリズムを絶えず揺さぶっている、と考えられています。
地球の自転をめぐる最近の研究には、意外な要素が登場します。地球温暖化です。
2024年、地球物理学者ダンカン・アグニューがNature誌に発表した研究は、注目を集めました。その内容を一言でいえば、「氷の融解が、負のうるう秒の到来を遅らせている」というものです。
しくみはこう説明されています。フィギュアスケーターが回転中に腕を広げるとスピードが落ちるように、回転する物体は質量が中心から遠ざかると回転が遅くなります(角運動量保存の法則)。
地球温暖化によってグリーンランドや南極の氷が融け、その水が極地から赤道方向の海へと広がっていきます。すると地球の質量分布が中心軸から外側へわずかに移動し、自転にブレーキがかかる、という理屈です。
つまり、核の運動が地球を速める一方で、温暖化による氷の融解が地球を遅らせている。このふたつが綱引きをしている、というのが現在の見方です。
アグニューの試算によれば、核の加速だけを考えれば、2026年頃には初の負のうるう秒が必要になっていたかもしれないとされています。しかし氷の融解によるブレーキ効果によって、その時期は2029年頃まで先送りされた可能性がある、というのがこの研究の見立てです。
人類が排出した二酸化炭素が、めぐりめぐって地球規模の時計の進み方に関わっている。時間という、もっとも抽象的に思えるものさえ、私たちの営みと無縁ではないのかもしれません。
議論はさらに先へ進んでいます。
うるう秒は、コンピューターやネットワークにとって扱いにくい存在でした。「23時59分60秒」という通常あり得ない時刻の挿入は、過去に大規模なシステム障害を引き起こしたこともあります。正のうるう秒ですら難しいのに、人類が一度も経験していない負のうるう秒となれば、世界中の時刻同期システムがどう振る舞うか、確証がありません。
そこで2022年、国際度量衡総会(CGPM)は重要な決定を下しました。遅くとも2035年までに、うるう秒の挿入を停止するというものです。UTCと地球の自転とのズレは、当面そのまま蓄積させておく、という選択です。
地球の変動に時計を合わせ続けるのをやめ、人類は原子時計の側に立つ。半世紀続いた「地球を待つ」時代は、終わりに向かいつつあります。
「1秒くらい、大きな問題ではない」と感じる方も多いでしょう。
けれど、現代の文明は、その1秒の正確さの上に成り立っています。GPSによる位置測定、金融取引のタイムスタンプ、通信ネットワークの同期、電力網の制御。これらはいずれも、ナノ秒(10億分の1秒)単位の正確な時刻共有を前提に動いています。スマートフォンの地図が数メートルの精度で位置を示せるのも、原子時計が刻む正確な1秒があってこそです。
地球がほんの1.5ミリ秒速まる。たったそれだけの変化が、世界中のエンジニアを悩ませ、国際機関に半世紀続いた制度の廃止を決断させました。
カレンダーの整然とした升目も、秒針が刻む規則正しい音も、当たり前のものに見えます。けれどその裏側では、惑星の揺らぎと、原子の振動と、溶けゆく氷とが、静かにせめぎ合っています。私たちの一日は、その繊細な均衡の上に成り立っているのです。
ここまでを整理しておきます。
確かなのは、2020年頃から地球の自転が速まる傾向にあり、近年は基準より短い1日が記録されていること。そして、まだ実行されたことのない「負のうるう秒」が現実の選択肢として議論されていること。さらに、2035年までにうるう秒の制度そのものを停止する決定がすでに下されていることです。
一方で、はっきりしないこともあります。なぜ地球が速まっているのか、その主因とされる核の運動の詳細はまだ仮説の段階です。温暖化による氷の融解が自転にブレーキをかけているという見方も、近年の研究が示した一つの試算であり、初の負のうるう秒が実際にいつ来るかは、今後の観測しだいで変わり得ます。
宇宙の暗闇のなかで、地球は今日も回っています。その回転は、私たちが思うほど完璧ではなく、わずかに速まり、また遅れ、同じリズムを刻みません。深部の金属の流れ、極の氷、月の引力——そのすべてが折り重なって、今日という一日の長さが決まっています。
人類はやがて、歴史上はじめて時計から1秒を引くのかもしれませんし、うるう秒という制度ごと手放すのかもしれません。どちらにせよ、それは地球という時計と、私たちの正確な原子時計とが、もう完全には歩調を合わせきれなくなったことの表れなのです。
編集部の視点
この記事で面白いのは、「1秒」という最も日常的な単位が、実は地球・原子・氷・核という複数のスケールの綱引きで決まっている、という事実です。誤解されがちな点として、温暖化が自転を「速めている」と読まれる可能性がありますが、記事が言うのは逆です。また「負のうるう秒」を単なる技術問題として読むと見えにくくなりますが、半世紀続いた「地球を待つ」という姿勢そのものが問われている話でもあります。地球内部の謎と気候変動と時刻標準が一本の線でつながる、静かに壮大な話として読んでいただけると幸いです。
よくある質問
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。
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