
地球の「核」と同じ物質が、宇宙に浮いている。
地球の「核」と同じ物質でできた小惑星——プシケが示す惑星形成の謎 地球の核とはどんな場所か 足元から地球の中心へ向か…

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私たちは長い間、ひとつの考えを当たり前のものとしてきました。生命は、この地球で生まれた。海の中で、雷の放電で、あるいは温かな泥の中で。多くの人がそう信じてきました。
しかし近年、その前提に見直しをうながす発見が報告されています。
太陽から約1億キロ離れた宇宙空間に、直径500メートルほどの炭素質の岩塊が浮かんでいます。名前はベンヌ(Bennu)。一見すれば、黒いコマ型の小惑星にすぎません。ところがこの星の砂の中には、生命を組み立てるための「部品」にあたる分子が、ほぼ揃った形で含まれていたのです。
私たちの体をつくるアミノ酸。遺伝情報を記す核酸の塩基。それらが、地球が生まれるよりも前に宇宙で用意されていた可能性がある。この記事では、ベンヌの砂から何がわかり、何がまだわかっていないのかを整理します。
ベンヌは、ただの石ころではありません。約45億年前、太陽系が生まれた頃の物質を、ほとんど変化させずに保ち続けてきた「化石」のような天体だと考えられています。
地球はそうではありません。私たちの惑星は、誕生から今日まで、火山活動やプレートの運動、大量の水、そして酸素によって、表面の物質が何度も作り変えられてきました。そのため、約46億年前の「原初の素材」は、地球上にはほとんど残っていないとされています。生命がどんな材料から始まったのかを知る手がかりは、地球を離れたところにこそ残されている、というわけです。
そこで人類は、宇宙へ砂を取りに行く計画を立てました。
2016年、NASAは探査機オシリス・レックス(OSIRIS-REx)を打ち上げました。目的地はベンヌです。その名は「起源(Origins)」「スペクトル分析(Spectral Interpretation)」「資源同定(Resource Identification)」「安全性(Security)」「表土探査(Regolith Explorer)」の頭文字をつないだもので、名前そのものに「私たちの起源を探る」という目的が込められていました。
2018年末にベンヌへ到着した探査機は、約2年かけてこの小さな星を観測しました。そして2020年10月、試料採取の瞬間が訪れます。探査機はゆっくりと降下し、伸ばしたアームの先端でベンヌの表面に数秒だけ触れる「タッチアンドゴー」を行いました。窒素ガスを吹き付けて舞い上がった砂を、その一瞬で吸い込む方式です。
予想外だったのは、ベンヌの表面が想像以上に柔らかかったことです。探査機はプールに飛び込むように砂の中へ沈み込み、離脱が遅れていれば機体が深く埋もれていた可能性も指摘されています。それほどこの星は、瓦礫がゆるく集まった天体だったのです。
そして2023年9月、試料を収めたカプセルが大気圏を通過し、アメリカ・ユタ州の砂漠へ帰還しました。回収された砂は約120グラム。目標を上回る量で、小惑星から持ち帰られた試料としては大規模なものでした。
研究室に運び込まれた砂は、地球の物質に汚染されないよう、厳重に管理された環境で分析されました。
そして、分析チームから注目すべき結果が報告されます。ベンヌの砂からは、14種類のアミノ酸が検出されました。アミノ酸とは、タンパク質をつくる部品にあたる分子です。私たちの筋肉も酵素も髪の毛も、すべてアミノ酸が鎖のようにつながってできています。検出された中には、地球の生命がタンパク質に使う必須の構成要素にあたるものも含まれていました。
生命を組み立てるためのブロックが、生命のいない小惑星の上に自然に存在していた。この事実が、ひとつの手がかりになります。
さらに注目されたのは、遺伝情報に関わる物質です。
生命の設計図であるDNAとRNA。その情報は、核酸塩基(かくさんえんき)と呼ばれる5種類の「文字」——アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシル——の並び順で記されています。
ベンヌの試料からは、この5種類の核酸塩基がすべて検出されました。生命の遺伝を支える文字のアルファベットが、欠けることなく揃っていたことになります。これは、これまでに調べられた地球外物質の中でも、特に揃った顔ぶれだったとされています。
なぜ、これほど小さな星に豊かな有機物が宿ったのでしょうか。鍵は水にありました。
砂の分析から、ベンヌの母天体(かつてベンヌのもとになった、より大きな天体)の内部には、かつて液体の水が存在していたことが示されました。
研究者たちは、試料の中に塩の鉱物を発見しています。中でも注目されたのが、炭酸ナトリウムを含む鉱物です。地球の塩湖が干上がるときに残る成分とよく似ています。ほかにもリン酸塩や硫化物など、11種類以上の塩鉱物が確認されました。
これらが語るのは、こんな経緯です。かつてベンヌの母天体の内部には塩水をたたえた場所があり、そこで水と岩が反応して有機物が育まれた。やがて水は蒸発して干上がり、あとには塩の結晶と、生命の材料となる分子が残された。水があり、化学反応が進む環境が整えば、宇宙のほかの場所でも生命の素材は生まれうる。ベンヌの砂は、その可能性を示しています。
ここで、科学者たちがいまも解けずにいる謎に触れておきます。
アミノ酸には、右手と左手のように、形は同じでも鏡に映したように向きが反対の「左型」と「右型」が存在します。これをキラリティー(掌性)と呼びます。不思議なことに、地球上のほぼすべての生命は「左型」のアミノ酸だけを使っています。なぜ自然は片方だけを選んだのか。これは生物学の大きな謎のひとつです。
もし生命の材料が宇宙からもたらされたのなら、その時点ですでに「左型」に偏っていたのではないか。そう予想する考え方もありました。ところがベンヌの試料では、アミノ酸は左型と右型がほぼ半々で見つかったのです。
つまり、宇宙から届いた材料は左右がほぼ対称でした。地球の生命がなぜ片方だけを選んだのか、その理由は依然としてわかっていません。宇宙は材料を届けたけれど、「左を選べ」という指示までは含んでいなかった、ということになります。
もうひとつ、はっきりさせておくべきことがあります。ベンヌから見つかったのは、あくまで生命の「材料」であって、生命そのものではない、という点です。
レンガが揃っていることと、家が建っていることは違います。アミノ酸や核酸塩基という部品が、どのようにして自己複製する生命へと組み上がったのか。ここからが、まだ誰も答えを知らない最大の問いです。
ベンヌが示したのは、宇宙には「家を建てるためのレンガ」が、これまで考えられていたよりも豊富に、しかも広く存在しているらしい、という事実です。そして同じ材料が、隕石となって原始の地球へ降り注いだとも考えられています。生命の始まりに必要な材料の一部が宇宙から届いたという仮説は、以前より確からしくなりつつあります。
この発見は、遠い宇宙の話に聞こえるかもしれません。けれど視点を変えれば、私たち自身に深く関わる話でもあります。
あなたの体をつくるアミノ酸。その素材と同じものが、地球が生まれるよりも前、宇宙に浮かぶ岩の中で準備されていたかもしれない。私たちを形づくる原子の物語は、地球の海だけでなく、星々の間から始まっていた可能性があるのです。
そしてこの問いは、未来へとつながっています。生命の材料が宇宙にありふれているのなら、火星や、木星や土星の氷の衛星、あるいは遠い系外惑星に、私たち以外の生命が存在する可能性も否定できません。ベンヌの砂は、「宇宙に生命はあるのか」という問いに近づくための、ひとつの手がかりだと言えます。
ベンヌの砂が示したことを整理すると、次のようになります。
生命は地球で生まれた、という考え。それは半分は正しく、半分はまだ検証の途中にある、というのが現在の状況です。ベンヌの砂は、その問いを一歩前へ進めました。少なくとも、生命の材料が宇宙に広く存在するらしいことは、確かな事実として残ったのです。
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。
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