
太陽系は、直径1000光年の空洞の内側にあった。
泡の中の地球:太陽系は直径1000光年の空洞の内側にあった 夜空を埋め尽くす星々を見ていると、宇宙は星でぎっしり詰まっ…

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2021年4月19日、地球から約3億キロ離れた火星のジェゼロ・クレーターで、小さな機体が地表からおよそ3メートルの高さまで浮かび上がり、約30秒間その場にとどまって着地しました。NASAの火星ヘリコプター「インジェニュイティ(Ingenuity)」による初飛行です。これは、地球以外の天体で動力飛行(エンジンやモーターの力で揚力を生み出す飛行)に成功した、人類史上初めての出来事でした。
派手な爆発も、巨大なロケットもありません。重さ1.8キログラム、ティッシュ箱を少し大きくした程度の機体が、ただ静かに浮いて降りた。それだけのことが、なぜ「初めて」になるまで実現しなかったのか。この記事では、その難しさの正体と、当初の予定をはるかに超えて飛び続けた3年間の記録を整理します。
ヘリコプターが空に浮かべるのは、回転する羽根(ローター)が周囲の空気を下に押し下げ、その反作用で揚力を得るからです。つまり、押すべき空気がたっぷりあることが前提になります。ここが火星では決定的に不利でした。
火星の大気は主に二酸化炭素で、地表の気圧はおよそ6ヘクトパスカル。地球の海面気圧(約1013ヘクトパスカル)と比べると、密度にして**およそ1%**しかありません。地球で言えば、高度およそ3万メートル前後に相当する希薄さです。これは、実用的な航空機やヘリコプターが飛べる高度をはるかに超えています。地球で最も高く飛んだヘリコプターの記録でさえ高度1万メートル台であることを考えると、火星の地表は「地球の成層圏のさらに上」で飛ぶようなものだと言えます。
ただし、火星には有利な点もあります。重力が地球の約38%しかないため、同じ機体なら浮かせるべき重さは小さくて済みます。インジェニュイティは、この「薄い大気」という不利と「弱い重力」という有利のあいだで、ぎりぎり成立する設計を狙ったのです。
薄い空気でも揚力を稼ぐために、インジェニュイティは二つの工夫を徹底しています。
一つは、羽根を極端に速く回すこと。直径約1.2メートルの2枚羽根を上下2段に重ね、互いに逆向きに回転させる「同軸反転ローター」を採用しました。その回転数は毎分およそ2,400回転。地球の一般的なヘリコプターのローターが毎分数百回転であることを考えると、桁違いの速さです。羽根の先端は音速に近い速度まで達します。
もう一つは、徹底した軽量化です。機体全体でわずか約1.8キログラム。本体は太陽電池パネルとリチウムイオン電池で動き、夜間は電力をヒーターに回して、氷点下数十度まで下がる火星の夜を電子機器が壊れないよう耐え抜きます。
さらに、地球と火星の通信には片道で数分から十数分の遅れが生じます。人間がリアルタイムで操縦することは不可能です。そのため、インジェニュイティはあらかじめ送られた飛行計画にもとづき、搭載カメラで地表を見ながら自分の位置や姿勢を判断し、自律的に飛行しました。
インジェニュイティは、2020年7月30日に火星探査車パーサヴィアランス(Perseverance)とともに地球を発ち、2021年2月18日にジェゼロ・クレーターへ着陸しました。当初の位置づけはあくまで「テクノロジー・デモンストレーション(技術実証)」です。火星で本当に飛べるのかを確かめることが目的で、計画されていたのはおよそ30日間で最大5回の飛行にすぎませんでした。
科学観測機器を満載した本格的な探査機ではなく、「飛行そのものができるかどうか」を問う実験機だったのです。機体には、1903年に世界で初めて動力飛行に成功したライト兄弟の飛行機「ライトフライヤー号」の翼布の小片が取り付けられていました。最初の飛行を行った火星の地点は、のちに「ライト・ブラザーズ・フィールド」と名づけられています。なお「インジェニュイティ(=創意工夫)」という名前は、アメリカの高校生ヴァニーザ・ルパニさんによる命名案が選ばれたものです。
技術実証としての目標を初期の数回で達成したあと、インジェニュイティの役割は変わっていきます。NASAは運用を延長し、機体を上空からの偵察役として使い始めました。
地上を走るパーサヴィアランスは、岩や砂地に阻まれてどの経路が安全か分かりにくいことがあります。そこでインジェニュイティが先回りして上空から地形を撮影し、探査車が進むルートや、調査価値のある露頭(岩石が地表に現れた場所)を探す手助けをしました。空からの視点が、地上の探査の効率を支えたのです。
結果として、インジェニュイティは当初の5回をはるかに超え、合計72回の飛行を達成しました。総飛行時間はおよそ2時間以上、累積の飛行距離は約17キロメートルに及びます。1回数十秒から数分の飛行を、火星の砂嵐の季節や厳しい寒さをくぐり抜けながら、3年近くにわたって積み重ねた数字です。
インジェニュイティの飛行が終わったのは、2024年1月18日の72回目の飛行でした。着陸の際にローターの羽根が損傷していたことが、その後送られてきた画像で確認され、NASAは2024年1月25日に飛行ミッションの終了を発表しました。羽根を欠いた機体はもはや飛ぶことができませんが、通信や気象データの記録など、地上の基地局としての機能の一部はその後も検討されました。
なぜ最後に羽根が傷ついたのか、その正確な経緯のすべてが分かっているわけではありません。要因の一つとして、特徴の乏しい平坦な砂地の上では、自律飛行が頼りにする「地表のカメラ画像から自分の位置を割り出す仕組み」がうまく働きにくかった可能性が指摘されています。ただし、これは調査にもとづく有力な見方の一つであり、すべての原因が確定したと断言できる段階ではありません。
インジェニュイティの本質的な達成は、「飛んだ」ことそのものよりも、地球の常識が通用しない環境で、飛行という手段が成立することを実証した点にあります。大気密度が地球の約1%しかない世界で、毎分約2,400回転の羽根と1.8キログラムの機体という具体的な設計が、机上の計算ではなく実際の火星の空で機能した。5回の予定が72回になったという数字は、その設計がいかに余力を持っていたかを物語ります。
これは終わりではなく、出発点です。インジェニュイティが切り開いた「他天体での飛行」という選択肢は、地上の探査車だけでは届かない崖や谷を空から調べる、将来の探査構想へとつながっていきます。薄い空気の中を1.8キログラムの機体が初めて舞い上がったあの30秒間が、火星探査に新しい移動手段を加えたのです。
編集部の視点
この記事で注目したいのは、「5回が72回になった」という事実の重みです。インジェニュイティはもともと「飛べるかどうかを試す実験機」であり、成功すれば十分という位置づけでした。それが3年近く飛び続けたのは、設計に余力があったからであると同時に、「空から見る」という視点が地上探査にとって想定以上に価値を持ったからでもあります。技術実証が現場で役割を変えていく過程は、探査計画の柔軟さを示す好例として、飛行そのものと同じくらい興味深いと編集部は考えています。
よくある質問
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。
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