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銀河は"見えない何か"へ落ち続けている。

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

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秒速600キロの落下 ― 天の川銀河が向かう「グレートアトラクター」とラニアケア超銀河団の正体

夜空の星々が静かに散らばっているように見えても、宇宙のすべては止まっていません。私たちが暮らす天の川銀河は、地球の自転や太陽系の公転をはるかに超える速さで、宇宙空間そのものの中を移動しています。その速度は秒速およそ600キロメートル。1秒間に600キロ、つまり東京から大阪までの距離をわずか1秒で走り抜ける勢いで、銀河はある一点へ向かって落ち続けています。

不思議なのは、その行き先がはっきりとは見えないことです。天の川銀河の濃い星々とガスに視界を遮られ、私たちは自分たちがどこへ運ばれているのかを、長いあいだ正確に知ることができませんでした。この記事では、その「見えない目的地」の正体と、そこへ至るまでの観測の歴史、そして2026年時点でもまだ残されている謎を整理していきます。

「秒速600キロ」はどうやって測られたのか

宇宙のなかで自分がどれだけの速さで動いているかを知るのは、本来とても難しい問題です。基準になる「静止した壁」がどこにもないからです。これを解決したのが、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)でした。

CMBは、ビッグバンからおよそ38万年後に放たれた光の名残で、宇宙のあらゆる方向からほぼ均等に届いています。この光は本来、空のどこを見てもほとんど同じ温度(約2.7ケルビン)のはずです。ところが精密に測ると、空の片側がわずかに高温(青方偏移)、反対側がわずかに低温(赤方偏移)になっていることがわかりました。これは「ドップラー効果」によるもので、私たち自身が一方向へ動いているために生じます。走る車のなかで前方の音が高く、後方の音が低く聞こえるのと同じ理屈です。

このCMBの温度のかたより(双極子異方性と呼ばれます)を解析すると、天の川銀河を含む「局部銀河群」全体が、CMBという宇宙の基準に対して秒速約600キロメートルで運動していることが導き出されます。この測定はCOBE衛星(1989年打ち上げ)以降、WMAP、そしてプランク衛星(2009年打ち上げ)によって精密化され、現在では確立した観測事実です。問題は、なぜそんな速さで、特定の方向へ引かれているのか、という点でした。

視界を遮る「回避帯」と、その奥に潜むもの

銀河が落ちていく方向は、地球から見て「ケンタウルス座」から「うみへび座」のあたりにあります。やっかいなのは、ちょうどその方向に天の川銀河の円盤が横たわっていることです。

天の川の円盤には大量の星間ガスと塵が詰まっており、可視光をほとんど通しません。このため、天の川の帯に重なる領域は地上からの観測がきわめて難しく、天文学では「回避帯(Zone of Avoidance)」と呼ばれています。空全体のおよそ2割が、この帯によって遮られています。私たちが向かう先は、運悪くこの回避帯の奥に隠れていたのです。

それでも、何かがそこにあることは1980年代から疑われていました。アラン・ドレスラー、サンドラ・フェイバーら7人の天文学者(後に「セブン・サムライ」と呼ばれます)が、数百個の楕円銀河の運動を調べ、それらが宇宙膨張で説明できる以上の速度で同じ方向へ流れていることを突き止めたのです。彼らはこの巨大な重力源を「グレートアトラクター(偉大なる引き寄せるもの)」と名づけました。

グレートアトラクターの正体は、どこまでわかっているか

グレートアトラクターは、地球からおよそ1億5000万から2億5000万光年ほど離れた領域にあると考えられています。距離に幅があるのは、回避帯のために直接の観測が難しく、推定に不確かさが残るためです。

その中心付近にあると有力視されているのが、「ノーマ座銀河団(Abell 3627)」です。これは回避帯のなかにありながら、X線観測などによって確認された非常に質量の大きな銀河団で、数千個もの銀河を抱えています。電波や赤外線、X線は塵をある程度透過できるため、可視光では見えない回避帯の奥を探る手がかりになりました。

ただし、ここで重要な留保があります。グレートアトラクター単独の質量では、観測される秒速600キロもの流れを完全には説明しきれない、という指摘が後に出てきたのです。詳しく流れを追っていくと、その動きの相当な部分は、グレートアトラクターのさらに奥、約6億5000万光年彼方にある「シャプレー超銀河団(Shapley Concentration)」の方向を向いていることがわかってきました。シャプレー超銀河団は、近傍宇宙で知られるなかでも飛び抜けて質量の集中した領域です。

つまり、私たちを引っ張っているのは一つの天体ではなく、手前のグレートアトラクターと、その背後にあるさらに巨大なシャプレー超銀河団とが合わさった、銀河の大集団による重力の総和だと考えられています。どちらがどれだけ寄与しているのかの正確な内訳は、2026年時点でもなお研究が続いている問題です。

「ラニアケア」― 私たちが属する超銀河団という地図

2014年、ハワイ大学のR・ブレント・タリーらの研究チームが、この問題に新しい見方を持ち込みました。彼らはNature誌に発表した論文で、銀河の「速度の流れ」そのものを地図として描き出したのです。

従来、超銀河団は銀河の密集ぐあいで境界を引いていました。タリーらの手法はこれと異なり、周囲の銀河がどちらへ向かって流れているかに注目します。水の流域に例えるとわかりやすいでしょう。雨水が同じ川へ集まる範囲を一つの「流域」とみなすように、銀河の流れが同じ重力の谷へ向かう範囲を一つのまとまりと定義したのです。

この方法で描き出された私たちの所属先が、「ラニアケア超銀河団」です。ラニアケアはハワイ語で「計り知れない天」を意味します。その差し渡しは約5億2000万光年、含まれる銀河はおよそ10万個、総質量は太陽の約10京倍(10の17乗倍)にのぼると見積もられています。天の川銀河は、この広大な構造の片隅にある一本の支流にすぎません。

そしてラニアケアの全体像のなかで、すべての流れが集まっていく谷底にあたるのが、まさにグレートアトラクターの領域なのです。私たちが秒速600キロで落ちていく先は、自分たちが属する超銀河団の重力的な最深部だった、というわけです。ただしタリーらの定義による境界は流れの測定にもとづくため、観測精度が上がればラニアケアの範囲そのものが見直される可能性も残されています。

「落ち続けている」のに、なぜ衝突しないのか

ここで一つの疑問が浮かびます。秒速600キロで引かれ続けているなら、いずれグレートアトラクターに飲み込まれてしまうのでしょうか。

結論から言えば、おそらくそうはなりません。宇宙は全体として膨張を続けており、しかもその膨張は加速していることがわかっています(この加速の原因とされる正体不明のエネルギーが「ダークエネルギー」です)。グレートアトラクターへ向かう重力的な引きと、宇宙膨張による引き離しがせめぎ合った結果、遠い未来には膨張が優勢になり、私たちが重力の谷底へ実際に到達することはないと考えられています。私たちは落ちながら、同時に遠ざけられてもいるのです。

結局、何がわかっていて、何が謎なのか

確かにわかっているのは、天の川銀河を含む局部銀河群がCMBに対して秒速約600キロで特定方向へ運動している、という事実です。その方向に巨大な重力源(グレートアトラクター)が存在すること、その中心付近にノーマ座銀河団があること、そして私たちがラニアケアという超銀河団の一部であることも、観測によって裏づけられています。

一方で、まだ決着していない点も少なくありません。グレートアトラクターとシャプレー超銀河団が流れにどれだけの割合で寄与しているのか、回避帯の奥に見落とされた質量がどれほどあるのか、ラニアケアの境界をどこまで正確に引けるのか。これらは観測技術の向上を待っている課題です。

見えない一点へ静かに運ばれていく自分たちの姿を、私たちはようやく地図の上に描き始めたばかりです。その地図の中心には、いまも天の川の帯に隠れた、確かめきれていない領域が広がっています。

編集部の視点

この記事で印象的なのは、「どこへ向かっているかを長年知れなかった」という点です。秒速600キロという圧倒的な数字よりも、その行き先が自分たちの銀河の「死角」に隠れていたという皮肉な事実に、宇宙観測の難しさが凝縮されています。また「落ちているのに衝突しない」という結論は、重力と宇宙膨張という二つの力が綱引きする宇宙の複雑さを端的に示しています。グレートアトラクターの正体がいまなお「確定」でない点も、教科書的な断言ではなく、現在進行形の科学として読むと発見が多い記事です。

よくある質問

Q. 秒速600キロで落ちているなら、いつかグレートアトラクターに衝突してしまうのですか?
おそらくそうはなりません。宇宙の膨張はむしろ加速しており、重力による引き寄せとのせめぎ合いの末、膨張が優勢になると考えられているからです。私たちは重力の谷へ向かいながら、同時に引き離されてもいます。
Q. 「グレートアトラクター」は一つの天体なのですか?
一つの天体ではなく、巨大な重力源の「領域」です。中心付近にはノーマ座銀河団(Abell 3627)があると有力視されていますが、観測される流れを単独では説明しきれず、さらに遠方のシャプレー超銀河団との合わさった重力の総和が引力の正体と考えられています。
Q. 「回避帯」とは何ですか?なぜ観測の邪魔をするのですか?
天の川銀河の円盤が横たわる帯状の領域で、大量の星間ガスと塵が可視光をほぼ遮断してしまいます。空全体のおよそ2割がこの帯に覆われており、グレートアトラクターはよりによってその奥に位置しているため、長らく直接の観測が難しい状態が続いています。
Q. ラニアケア超銀河団の「境界」はどうやって決めたのですか?
2014年にタリーらが提案した手法は、銀河の密集度ではなく「銀河の流れる方向」を基準にしています。同じ重力の谷へ向かう流れをまとめて一つの超銀河団と定義したもので、水の流域に例えられます。ただし観測精度が上がれば境界が見直される可能性も残されています。
Q. CMBを「宇宙の基準」として使えるのはなぜですか?
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)はビッグバン後約38万年に放たれた光の名残で、宇宙のあらゆる方向からほぼ均等に届きます。宇宙全体に広がるこの均一な光を「静止した壁」として使うことで、私たち自身の運動による温度のかたより(双極子異方性)を測り、絶対的な速度と方向を導き出せます。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

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