
火星に残された、もう一つの生命の指紋
火星の岩に残された0.1ミリの斑点——生命の痕跡か、化学反応か 発見の経緯:探査車パーシビアランスが撮影した「チェヤヴ…

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夜空に赤く輝く火星は、約40億年前、今とはまったく異なる惑星だったと考えられています。探査機キュリオシティやパーサヴィアランスの調査によって、川が削った谷や湖底に堆積した粘土鉱物など、温暖で湿潤な過去を示す痕跡が次々と確認されています。
その火星が現在の荒涼とした姿になった主な原因として、科学者が注目するのが太陽風です。太陽風とは、太陽から秒速400キロメートル以上で噴き出す、電気を帯びた粒子(陽子や電子)の流れのことです。
地球はこの太陽風から保護されています。地球内部の液体鉄コアが回転することで発電機(ダイナモ)のように働き、惑星全体を包む地磁気が生まれているからです。
火星にも、かつては同様の磁場があったとされています。しかし惑星の小ささゆえに内部が早く冷え、約40億年前にダイナモが停止したと考えられています。磁場を失った火星に、太陽風が直接降り注ぐようになりました。
NASAの探査機MAVEN(メイヴン)は2014年から火星を周回し、この大気剥ぎ取りのプロセスを観測してきました。その結果、現在も火星からは毎秒およそ100グラム前後の大気が宇宙へ逃げ続けていることが判明しています。
火星を人間が暮らせる惑星に改造する「テラフォーミング」の議論では、大気を厚くすることが目標の一つとして挙げられます。ところが、磁場という盾がない限り、せっかく増やした大気もまた太陽風に剥ぎ取られてしまいます。
現在の火星の気圧は地球のわずか0.6パーセントほど。大気の約95パーセントが失われたとされる中、大気を補充するだけでは根本的な解決にならないという問題があります。
この難問に対し、2017年、当時NASA惑星科学部門の責任者だったジム・グリーン博士らが一つの構想を発表しました。それが火星人工磁気圏計画です。
グリーン博士らの発想の核心は、「火星そのものに磁場を取り戻すのではなく、火星と太陽の間の特定の位置に磁場発生装置を置く」というものです。
その位置として着目されたのが、太陽-火星のL1ラグランジュ点です。ラグランジュ点とは、二天体の重力が釣り合い、物体が安定して留まれる特別な空間上の点のことです。火星から太陽側へおよそ100万キロメートルほど離れたこの位置であれば、装置を燃料をほとんど使わずに維持できると考えられています。
この位置に強力な磁場を生み出すリング状の装置を設置すると、放射される磁力線が太陽風の前方に広がり、火星本体を直撃せずに太陽風を左右へ受け流すことができる、というのが構想の骨格です。
グリーン博士らの試算によれば、装置が生み出すべき磁場の強さは1〜2テスラ程度とされています。これは病院のMRI装置が使う磁場(1.5〜3テスラ)と同じオーダーです。人類がすでに地上で実現している技術の延長線上にある数値であるという点は、この構想の重要な根拠の一つとなっています。
グリーン博士らのシミュレーションでは、磁気シールドによって大気流出が止まった場合、以下のような連鎖が起こる可能性が示されています。
あくまでシミュレーション上の見通しですが、一つの装置が惑星規模の変化を引き起こす可能性を示した点で、科学者の間に大きな議論を呼びました。
この構想は注目を集める一方で、実現に向けた障壁も多く指摘されています。
エネルギーと規模の問題が最も大きな課題です。1テスラ級の磁場を、火星をまるごと覆えるほどの広い範囲で、しかも宇宙空間で何百年も維持し続けるには、超伝導磁石の冷却を含めた莫大な電力と、軌道上に巨大構造物を建設する技術が必要です。現時点の人類の技術水準では、まだ実現可能な領域ではありません。
時間スケールも課題です。シミュレーションが示す連鎖的な変化を経て、火星の地表が人間にとって居住可能になるまでには、数百年から数千年を要すると考えられています。一代どころか、文明の単位で取り組む超長期プロジェクトとなります。
大気流出メカニズムの複雑さも、近年の研究で浮かび上がってきた問題です。MAVENの精密観測により、火星大気の喪失は太陽風だけでなく、太陽からの紫外線による直接的な剥離など、複数の経路があることがわかってきています。磁気シールド一つですべての流出経路に対応できるのかについては、現在も議論が続いています。
一方で、超伝導技術や核融合炉の研究は年々進展しており、「実現不可能」と「将来的には可能」の境界線は少しずつ変化しています。
また、この研究は遠い惑星の話だけに留まりません。火星の磁場喪失と大気消失のプロセスを詳しく調べることは、なぜ地球が現在の環境を保てているのかを理解する手がかりにもなります。地磁気という「あって当たり前」の守りが、地球の環境維持にどれほど根本的な役割を果たしているかは、火星との比較によって改めて浮かび上がる視点です。
人工磁気圏の技術は、有人宇宙探査とも直結します。惑星全体を覆う計画よりはるかに小規模な、宇宙飛行士を太陽風や宇宙放射線から守る磁気シールドの研究は、すでに各国で進められています。
火星人工磁気圏構想は、現時点では実証された技術ではなく、科学者が真剣に検討した一つの構想です。MAVENによる観測で大気流出の実態は明らかになりつつありますが、磁気シールドがその流出をどこまで防げるか、正確に見積もるための研究は現在も進行中です。
装置を実現するためのエネルギー技術も、軌道上の建設技術も、今の人類には届いていない。しかし、必要な磁場強度がMRIと同程度であるという試算は、必要なのが未知の物理ではなく、スケールの問題であることを示しています。
宇宙空間での技術開発が続く中で、この構想がどのように精緻化されていくか、継続して注目される分野と言えるでしょう。
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。
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