宇宙で「最も冷たい場所」は、宇宙ではなく地球が作った のサムネイル
量子物理学公開 更新 1

宇宙で「最も冷たい場所」は、宇宙ではなく地球が作った

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

YouTube Shorts

Share

記事本文

宇宙で最も冷たい場所は、国際宇宙ステーションの実験装置の中にある

温度とは何か:原子の運動という視点から

物理学において、温度とは原子や分子の運動の激しさを表します。熱いお湯の中では水分子が速く動き回り、温度が下がるほど動きは鈍くなります。そして、原子が理論上完全に静止する温度が絶対零度(0ケルビン、マイナス273.15℃)です。

自然界で「冷たさ」の基準となる数値がいくつかあります。まず、ビッグバンの残光である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が宇宙全体をほのかに温めており、その温度は約2.7ケルビン(マイナス270.45℃)です。自然界で知られる最も冷たい天体は、地球から約5,000光年離れたブーメラン星雲で、膨張するガスが急激に冷えた結果、約1ケルビン(マイナス272.15℃)まで下がっています。

しかし現在、これらの数値をはるかに下回る環境が、人工的に作り出されています。

レーザーで原子を減速させる:レーザー冷却の原理

絶対零度に近づくには、原子の動きを限りなく止める必要があります。問題は、その温度域では「冷たいものに触れさせる」という従来の冷却方法が通用しないことです。

そこで登場したのがレーザー冷却という手法です。光の粒子(光子)は原子に当たると運動量を与えます。動いている原子の進行方向の正面から特定の波長のレーザーを照射すると、原子は光子との衝突によって減速します。あらゆる方向から精密に調整したレーザーを照射し続けることで、原子はほぼ動けなくなります。この状態は、蜜の中を動くようなイメージから「光学糖蜜(オプティカル・モラセス)」と呼ばれます。

この手法の開発により、スティーブン・チュー、クロード・コーエン=タヌージ、ウィリアム・フィリップスの3氏は1997年にノーベル物理学賞を受賞しています。

物質の第5の状態:ボース=アインシュタイン凝縮

レーザー冷却でさらに温度を下げると、「蒸発冷却」という手法が組み合わせられます。これは、熱い(速い)原子だけを外へ逃がし、残った冷たい(遅い)原子を保持する方法です。熱いコーヒーから湯気が立って液体が冷めていく現象と、同じ原理に基づいています。

この2段階の冷却を経て、ある臨界点を超えると物質は**ボース=アインシュタイン凝縮(BEC)**と呼ばれる状態に転移します。固体・液体・気体・プラズマに続く、物質の第5の状態とされています。

絶対零度近くまで冷やされた多数の原子は、それぞれ個別の粒子として振る舞うことをやめ、すべてが同じ量子状態に重なり合います。何千、何百万もの原子が一つの量子の塊のように振る舞い、ミクロの世界の法則である量子力学的な振る舞いが、目に見えるスケールで現れます。

BECは1924年にアインシュタインとインドの物理学者ボースが理論的に予言し、71年後の1995年にコーネルとワイマンによって初めて実験で実現されました(2001年ノーベル物理学賞)。実現にはルビジウム原子が用いられています。

地上実験の壁:重力が観測時間を制限する

地上でBECを作っても、一つの障害があります。重力です。

原子の雲は重力によってすぐに落下し、容器の底に溜まります。この影響で、地上での観測可能時間はほんの数ミリ秒にとどまります。原子が容器の底に向かって動き続ける以上、完全に静止した状態の観測には限界があります。

この問題を根本から解消する方法として考え出されたのが、微小重力環境での実験です。

国際宇宙ステーションのCold Atom Lab

2018年、NASAは国際宇宙ステーション(ISS)に**Cold Atom Lab(CAL)**を設置しました。冷蔵庫ほどの大きさのこの装置の中で、ルビジウムやカリウムの原子が冷却されます。

ISSは地上約400キロメートルを秒速約7.7キロメートルで周回しており、自由落下による微小重力環境にあります。この環境では、原子の雲は落下しません。容器の壁にも触れず、宙に浮いたまま維持されるため、地上では不可能な長さの時間にわたって原子を観測できます。

CALが達成した温度は、絶対零度よりわずか1億分の1ケルビン上、ナノケルビン(10億分の1ケルビン)の領域です。宇宙の自然な背景温度である約2.7ケルビンと比べると、その差は1億倍以上になります。現在知られる限りにおいて、これが宇宙で最も低い温度です。

CALで見えてきた現象と今後の研究課題

微小重力下での長い観測時間(数秒単位)が可能になったことで、いくつかの新しい実験が行われています。

2022年、CALはBECを中空の球殻状(バブル状)に成形することに成功しました。地上では重力によって底部に溜まってしまうため、この形状は作れません。また、ピコケルビン(1兆分の1ケルビン)という、さらに低い温度領域の実現も視野に入っているとされています。

超低温の原子は外部からの力への感度が極めて高いため、重力の精密測定や一般相対性理論の検証への応用が研究されています。さらに、この技術をダークマターやダークエネルギーの検出に応用できないかという模索も続いています。ただし、ダークマター・ダークエネルギーの正体は現時点では解明されておらず、超低温原子がその観測に有効かどうかも含め、研究段階にあります。

すでに実用化されている技術:原子時計とGPS

極限の低温研究は、日常生活と無縁ではありません。

冷やされた原子の規則正しい振動を基準とする原子時計は、数千万年に1秒の誤差という精度を持ちます。スマートフォンが地図上の現在地を表示できるのは、GPS衛星に搭載された原子時計のおかげです。超低温物理学はすでに、社会インフラの一部になっています。

また、BECや超低温原子の制御技術は、量子コンピュータの実現に向けた有力なアプローチの一つと考えられています。現時点では実用規模の量子コンピュータの実現はまだ先の話ですが、この分野の研究がその基盤の一つを担っていることは確かです。

まとめ:何が達成されていて、何がこれからか

現在わかっていることを整理します。宇宙の自然な最低温度(約2.7ケルビン)に対して、人類はISSのCold Atom Labで1億分の1ケルビン台という温度を実現しました。これは138億年の歴史を持つ宇宙が自然には作り出せない状態です。レーザー冷却とBECという二つの技術が基盤にあり、それぞれノーベル物理学賞を受賞した研究によって確立されています。

一方、ダークマター・ダークエネルギーの検出や量子コンピュータへの応用は、現時点では研究の方向性であり、実現の可否はまだ確認されていません。CALの実験成果が今後どこまで広がるかは、引き続き観測が積み重ねられていく段階にあります。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

PR編集部おすすめアイテム

Related

おすすめの宇宙観測

YouTube Channel

この記事が役に立ったなら、チャンネル登録を

新着ショート動画をいち早くお届けします。

チャンネル登録