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銀河の中心を「16年で1周」する星。光速の2.55%

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

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銀河中心を16年で一周する星S2:光速の2.55%で公転する恒星が示すもの

天の川銀河の中心で起きていること

私たちの銀河系の中心、いて座の方向およそ2万6,000光年の彼方では、太陽の約15倍の質量を持つ青白い巨星が、太陽の約400万倍という質量の天体のまわりをたった16年で一周しています。最も近づく瞬間の速度は秒速約7,650キロメートル、光速の約2.55%に相当します。

中心の天体は「いて座A*(エー・スター)」、超大質量ブラックホールです。そしてその周囲を回る星が「S2」。この星の軌道は、一般相対性理論を観測によって検証するための、自然が用意した実験場となっています。

銀河中心のブラックホールが「見えない」理由と、観測の転機

いて座A*が電波源として発見されたのは1974年のことです。しかし銀河中心は分厚い星間ガスと塵に覆われており、可視光では観測できません。そこに大質量のブラックホールがあるという理論的予測はあっても、直接的な証拠をつかむ手段が長らくありませんでした。

状況が変わったのは1990年代です。ドイツのラインハルト・ゲンツェルのチームと、アメリカのアンドレア・ゲズのチームが、それぞれ独立に赤外線観測を開始しました。赤外線は塵を透過しやすい波長帯であるため、ガスと塵のカーテンの奥にある星々を追うことができます。

両チームの着眼点は共通していました。ブラックホールそのものは見えなくても、その周囲を公転する星の軌道を長期にわたって測定すれば、中心の質量と密度を計算できる、という考え方です。

数年にわたる観測で、銀河中心の近傍を公転する多数の星が確認されました。中でも際立っていたのがS2で、その軌道を解析すると、中心には太陽の約400万倍の質量が、太陽系よりはるかに狭い領域に凝縮していることが判明しました。これほどの質量がこれほど小さな空間に収まる天体は、ブラックホール以外に考えられません。この研究の功績により、ゲンツェルとゲズは2020年のノーベル物理学賞を受賞しています。

S2の軌道の特徴:離心率0.88の細長い楕円

S2の軌道は、惑星のような穏やかな円とはかけ離れています。離心率0.88という極端に細長い楕円を描きながら、以下のような特徴を持っています。

  • 公転周期:約16.05年
  • 最接近距離(近点):約120天文単位(地球と太陽の距離を1とする単位で、冥王星軌道のおよそ3倍に相当する距離)
  • 最遠距離(遠点):約1,900天文単位

近点通過時、S2の速度は秒速約7,650キロメートル、光速の約2.55%に達します。この速度は、人類が観測した恒星としては最速級とされています。

相対性理論の予言が観測で確認されたこと

S2の軌道は、アインシュタインの一般相対性理論(重力を時空の歪みとして記述する理論)を検証する舞台となっています。ニュートンの古典的な重力理論では、S2は毎周まったく同じ楕円軌道に戻るはずです。

2018年、近点通過時の観測データから「重力赤方偏移」が確認されました。これは、強い重力場から脱出する光がエネルギーを失い、波長が長い(赤い)側にずれる現象で、一般相対性理論が予言するものです。S2が発する光は、ブラックホールの重力に逆らって地球へ届く過程で、実際に波長のずれが観測されました。

さらに2020年には、S2の楕円軌道そのものがわずかずつ回転していることが報告されました。楕円の向きが少しずつ変化するこの現象を「シュバルツシルト歳差」と呼びます。かつて水星の近日点移動として確認されたのと同じ原理が、超大質量ブラックホールという極限環境でも成立していることが裏付けられました。

まだ答えが出ていない問い

S2の研究は、同時にいくつかの未解決の問題も浮き彫りにしています。

星の誕生の謎:銀河中心は潮汐力が非常に強く、ガスが星に凝縮しにくい環境とされています。それにもかかわらず、S2のような若くて質量の大きな星がそこに存在する理由は、現在も議論が続いています。「パラドックス・オブ・ユース」と呼ばれる問題です。

ブラックホール自身の自転の測定:S2よりさらに内側を高速で公転する星が見つかれば、ブラックホールの「自転」を測定できる可能性があります。回転するブラックホールは周囲の時空を引きずる「フレーム・ドラッギング」という効果を生じるとされており、その検出が次の観測目標の一つです。

相対性理論を超える物理の手がかり:S2の軌道に理論予測との微小なずれが見つかれば、現行の理論を超える物理の端緒になる可能性があります。

ヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡(VLT)に搭載された干渉計「GRAVITY」は、複数の望遠鏡の光を合成することでブラックホール近傍のガスの運動まで捉えはじめており、観測の精度は年々向上しています。

観測技術と私たちの日常との接点

2万6,000光年先の星の話は、日常から遠いように感じられるかもしれません。しかし、S2の観測を支えてきた技術には、私たちの生活に転用されているものがあります。微弱な赤外線を検出する高感度センサー、大気の揺らぎをリアルタイムで補正する「補償光学」、複数の望遠鏡を連携させる干渉計技術は、医療画像や精密計測の分野にも応用されています。

また、相対性理論の精密な検証は、GPS測位システムの正確さを支える理論的基盤と直接つながっています。時空の歪みの効果を正しく計算に組み込んでいなければ、GPSの位置精度は成り立ちません。

S2の観測が教えてくれること

S2の次の近点通過は2030年代半ばと予測されています。そのとき人類は、GRAVITYのさらに進化した後継機器で、時空の歪みのより精密な記録を試みることになるでしょう。

この星の研究が示すのは、重力の極限環境が物理理論の検証場になるという事実です。そしてこれまでの観測は、一般相対性理論の予言が高精度で成立していることを裏付けています。次の観測サイクルで何が確認され、何が新たな問いとなるか。その答えは、まだ出ていません。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

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