二度と戻らない彗星が、いま空にいる。 のサムネイル
天体観測公開 更新 1

二度と戻らない彗星が、いま空にいる。

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

YouTube Shorts

Share

記事本文

16万年ぶりに内太陽系を訪れた彗星 ― 一度きりの通過が意味するもの

夜明け前、東の空が白み始める時間帯に、ペガスス座の大きな四辺形を背景として、青緑色のかすかな光が尾を引いています。

この天体が前回、内側の太陽系を通過したのは約16万年前のこと。当時はネアンデルタール人と現生人類の祖先がまだ地球上で共存していた時代です。記録は何ひとつ残っていません。そして今回の通過を最後に、この彗星は二度と戻らない軌道へと去っていきます。私たちとこの彗星の出会いは、最初で最後になります。

彗星の正体 ― 氷と塵でできた太陽系誕生期の天体

彗星の本体は「核」と呼ばれる、直径わずか数キロメートルほどの氷と塵のかたまりです。アメリカの天文学者フレッド・ホイップルは1950年、これを**「汚れた雪玉(dirty snowball)」**と表現しました。水の氷、二酸化炭素、メタン、アンモニアといった揮発性の物質に、岩石質の塵が混じり込んだ構造です。

この核が太陽に近づくと、表面の氷が昇華(固体から直接気体へ変化すること)し、核の周囲にコマと呼ばれるガスと塵の大気が広がります。そこへ太陽風と光の圧力が働いて、あの特徴的な長い尾が形成されます。

長周期彗星の多くは、オールトの雲を起源とすると考えられています。オールトの雲とは、太陽から数千〜十万天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離、約1億5000万km)も離れた位置に、太陽系を球殻状に包むように存在するとされる氷天体の集まりです。そこは太陽光がほとんど届かない極寒の領域で、彗星は太陽系が誕生した46億年前の物質をほぼそのまま保存しています。彗星が「太陽系誕生期のタイムカプセル」と呼ばれるのはこのためです。

なぜ「二度と戻らない」と言えるのか ― 軌道の形が示す一回限りの通過

太陽の周りを回る天体の軌道は、形の指標である**離心率(e)**という数値で表されます。

  • e = 0 : 完全な円
  • 0 < e < 1 : 楕円(閉じた軌道。いつか必ず戻ってくる)
  • e = 1 : 放物線
  • e > 1 : 双曲線(開いた軌道。一度きりで戻らない)

地球の軌道はほぼ円(e≒0.017)です。ハレー彗星は楕円軌道(e≒0.967)で、約76年ごとに太陽に戻ってきます。

この彗星の離心率は1をわずかに超えています。太陽や巨大惑星、とくに木星の重力によって軌道が乱され、閉じない軌道へと変わったとみられています。離心率が1を超えた時点で、彗星が再び内太陽系を訪れる軌道はもう存在しません。太陽の重力に引き寄せられて曲がり、そのまま深宇宙へと去っていきます。

「16万年ぶり」という数値もこの軌道計算から導かれています。ただし、遠い過去の軌道計算には不確かさが伴うため、この数字はあくまでも現時点の推定値です。

コマが青緑色に見える理由

写真や双眼鏡でとらえた彗星のコマが、しばしば淡い青緑色に見えるのには明確な理由があります。**二原子炭素(C₂)**という分子が、太陽光のエネルギーを受けて約510ナノメートル付近の緑色の光を放つためです。

この緑色の輝きはコマ、つまり核を包む頭部にのみ現れ、尾には広がりません。C₂分子は太陽光によって数十時間ほどで分解されてしまうため、尾の長さまで運ばれる前に壊れてしまうからです。あの青緑は、分解されつつある分子が放つ光です。

彗星研究の現状 ― 明らかになったこと、まだわかっていないこと

彗星研究は近年、探査機による直接調査で大きく進展しています。

2014年、欧州宇宙機関(ESA)の探査機ロゼッタは、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸機フィラエを降下させ、その表面を直接調べました。そこで検出されたのは、アミノ酸の一種であるグリシンや、リンを含む有機物でした。これは「地球の海の水や生命の材料は彗星が運んできた」という仮説を支持する証拠として注目されています。

一方で、ロゼッタは新たな問題も示しました。彗星の水に含まれる重水素の比率が、地球の海水とは大きく異なっていたのです。これは「地球の水はすべて彗星由来」という単純な説明が成り立たないことを意味します。地球の水の起源については、現時点でも決着がついていません。

また2017年と2019年には、太陽系の外からやってきたとされる天体「オウムアムア」と「ボリソフ彗星」が初めて観測されました。別の恒星系で生まれ、星間空間を旅してきたとみられるこれらの天体と、長周期彗星の軌道研究は関連しており、今回のような彗星の観測データは比較研究の材料としても価値があります。

なお、彗星の振る舞いは予測が難しく、太陽への接近中に砕け散るもの、予想より急激に明るくなるもの、逆に急速に暗くなるものもあります。46億年前の太陽系の環境を記録した天体として、今も多くの天文学者が観測を続けています。

この彗星を観測するには

特別な機材は必要ありません。東の空が開けた場所で、薄明の始まる少し前の時間帯に空を見上げると、ペガスス座の四辺形付近にかすかな光として確認できます。双眼鏡があれば、青緑色のコマと淡く伸びる尾をより明確にとらえられます。目が暗さに慣れるまで10分ほど待つと見やすくなります。

現在この彗星は太陽から遠ざかりつつあり、観測できる期間は限られています。数週間のうちに肉眼での観測は難しくなり、その後は太陽系外へと去っていきます。

16万年前の太陽系外縁から旅を続けてきたこの天体が、今後どれほど遠くへ去っていくのかは、今回の観測データが積み重なるにつれて少しずつ精度が上がっていきます。いずれにせよ、この通過をもって人類がこの彗星を観測できる機会は終わります。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

PR編集部おすすめアイテム

Related

おすすめの宇宙観測

YouTube Channel

この記事が役に立ったなら、チャンネル登録を

新着ショート動画をいち早くお届けします。

チャンネル登録