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宇宙が「天然の望遠鏡」になる現象、JWSTが捉えた。

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

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宇宙が「天然の望遠鏡」として機能する現象——重力レンズとJWSTの観測

もし、宇宙に存在する銀河そのものがレンズとして機能し、はるか遠方の天体を拡大して見せてくれる現象があると聞いたら、どう思われるでしょうか。

人工的に研磨された光学部品は一切使わず、何億光年もの距離にある銀河の「重力」が光を曲げ、背景の天体を引き伸ばして地球へ届ける。こうした現象は「重力レンズ」と呼ばれ、実際に観測されています。そして2023年以降、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、その典型例のひとつである「アインシュタインリング」を、これまでにない鮮明さで撮影しました。中心に明るく輝く銀河を、ひとつの完全なリングが取り囲む像。それは1936年にアルベルト・アインシュタインが数式から導きながら、「実際の観測は難しいだろう」と自ら諦めていた光景でした。


アインシュタインが1936年に予言し、観測が難しいと結論づけたこと

一般相対性理論が示した「重力の本質」

物語は1915年まで遡ります。アルベルト・アインシュタインが発表した一般相対性理論は、それまでの重力観を根本から塗り替えるものでした。

ニュートン力学では、重力は「物体が物体を引き合う力」と説明されていました。一般相対性理論はこれを別の見方で捉え直します。質量を持つ物体は、その周囲の「時空」を歪ませる。そして光を含むあらゆるものは、その歪んだ時空に沿って進む、という考え方です。

よく使われるたとえとして、ピンと張ったゴムシートの上に重いボールを置く場面があります。シートはくぼみ、近くに転がした小さなボールはそのくぼみに沿ってカーブします。宇宙空間でも同様に、太陽や銀河のような大質量体は周囲の時空を歪め、そこを進む光の経路を曲げるとされています。

1919年の皆既日食観測と、その先の予言

1919年、イギリスの天文学者アーサー・エディントンは皆既日食を利用した観測で、太陽の重力によって遠方の星の見かけの位置がわずかにずれることを確認しました。アインシュタインの予言の精度を裏づけるこの結果は広く報じられ、一般相対性理論の評価を高めることになりました。

さらにアインシュタイン自身は1936年の論文で、もうひとつの可能性を指摘しています。観測者・手前の天体・背景の天体が完璧に一直線に並んだ場合、背景の天体の光は全方位から回り込み、リング状に見えるはずだ、というものです。これが後に「アインシュタインリング」と呼ばれる現象です。

ただし、同じ論文の中でアインシュタインはこうも述べています。「このような現象が実際に観測される見込みはほとんどないだろう」と。天体が完璧に一直線に並ぶ確率はきわめて低く、当時の望遠鏡性能では捉えられないと考えたのです。


重力レンズのしくみ——何を拡大し、何を見せるか

光が曲げられることで起きる三つの効果

重力レンズの基本的なしくみは次のとおりです。地球から見て、ある銀河のほぼ真後ろに、はるか遠くの別の銀河があるとします。手前の銀河は巨大な質量を持ち、周囲の時空を歪めています。すると背景の銀河から放たれた光は、直進する代わりに、歪んだ空間に沿って曲げられ、手前の銀河の周囲を迂回するようにして地球へ届きます。

この経路の変化によって、主に三つの効果が生じます。

  • 増光: 本来なら暗すぎて検出できない遠方銀河の光が集光され、明るく見える
  • 拡大: 像が引き伸ばされ、実際よりも大きく見える
  • 変形: 同じ天体が弧状、複数の点、あるいはリング状に変形して見える

この機能から、重力レンズは「天然の望遠鏡」とも呼ばれています。

並び方によって変わる像の形

実際に見える像の形は、三者の位置関係に依存します。

一直線からわずかにずれている場合、背景の銀河はいくつかの弧や孤立した輝点に分かれて見えます(「アインシュタイン十字」などと総称されることもあります)。一方、三者がほぼ完璧に一直線に並んだ場合、背景銀河の光が全周から回り込み、切れ目のない一本のリングとして現れます。これがアインシュタインリングです。中心には手前の楕円銀河が明るく輝き、その外周を背景銀河の引き伸ばされた光が取り囲む構造になります。


JWSTがアインシュタインリングを高精細に撮影した

JWSTの仕様と赤外線観測の意義

2021年末に打ち上げられたJWSTは、主鏡の直径6.5メートル、18枚の六角形の金メッキ鏡で構成された宇宙望遠鏡です。その最大の特徴のひとつが赤外線による観測です。宇宙は膨張を続けているため、遠方の天体ほど光の波長が引き伸ばされ、可視光から赤外線へとずれていきます(赤方偏移)。赤外線に感度を持つJWSTは、可視光では捉えられないほど遠方の銀河を観測するのに適した装置です。

重力レンズで増光された遠方銀河を観測するという目的において、JWSTはこうした性質から理想的な機器とされています。

撮影されたアインシュタインリング

2023年以降、JWSTは複数のアインシュタインリングを高い解像度で撮影しました。中心の楕円銀河を完全な円弧が取り囲む構造、その光の滑らかなグラデーション。アインシュタインが「観測はほぼ不可能だろう」と判断してから約90年後、その光景は実際の観測データとして示されました。


重力レンズが現代天文学で担っている役割

重力レンズは視覚的に印象的な現象であると同時に、現代天文学における重要な観測手段でもあります。

ダークマターの分布を間接的に調べる手段

宇宙には、通常の物質(星・ガス・塵など)以外に、**ダークマター(暗黒物質)**と呼ばれる正体不明の物質が存在するとされています。その総量は通常物質の約5倍と推定される一方、光を放たず、吸収もしないため、望遠鏡では直接見ることができません。

ただし、ダークマターは質量を持つとされており、質量があれば時空を歪め、重力レンズ効果を生じさせます。そのため、背景銀河の光がどの方向にどれだけ曲げられているかを精密に解析することで、手前にある見えない物質の分布を推定することができます。重力レンズは、ダークマターの存在と分布を調べるための、現状では数少ない観測手段のひとつとされています。

ハッブル定数の食い違いへのアプローチ

現在の宇宙物理学が抱える重要な問題のひとつに、「ハッブルテンション」があります。宇宙の膨張速度を示す「ハッブル定数」の値が、測定方法によって約9%食い違うという現象です。宇宙初期の光(宇宙マイクロ波背景放射)から導かれる値と、近傍の天体から導かれる値がずれており、この原因はまだ解明されていません。

重力レンズはこの問題にも関係しています。レンズによって生じる複数の像は、それぞれ異なる経路を経て地球へ届くため、同じ天体の変動が時間差を持って観測されます。この「タイムディレイ」を測定することで、膨張速度を独立した方法で算出できるとされており、ハッブルテンションの検証に活用されています。

初期宇宙の銀河探索への応用

さらにJWSTは、重力レンズを拡大鏡として利用し、宇宙誕生から数億年後という初期に形成された銀河の探索を進めています。本来なら暗すぎて検出困難なほど遠方にある天体も、手前の銀河団によるレンズ効果で何十倍にも増光されれば、その構造を観測できます。

こうした観測から、宇宙の年齢(約138億年)のごく初期に、予想以上に成熟した構造を持つ銀河が既に存在していたという結果が得られており、銀河形成の理論モデルの再検討が求められています。


重力レンズ研究の現在地と今後の展望

重力レンズは、天文学において観測手段と研究対象の両面を持つ現象です。

アインシュタインが論文の中で「観測の見込みはほとんどない」と書いたアインシュタインリングは、技術の進歩によって実際に撮影されました。JWSTはその解像度と赤外線感度によって、従来の望遠鏡では得られなかった詳細な情報をもたらしています。

今後の観測計画では、空全体で数十万個規模の重力レンズを系統的に発見しようという取り組みも進んでいます。ダークマターの性質の解明、ハッブルテンションへの独立した検証、初期宇宙の銀河形成史の再構築。これらの問いに対して、重力レンズが提供するデータが果たす役割は、当面大きいままであると考えられています。

宇宙の構造が、遠方の天体を観測するためのレンズとして機能する。一見すると奇妙に思えるこの事実は、アインシュタインが1915年に記述した方程式の、ひとつの帰結です。理論が予言し、技術がそれを確かめる過程は、重力レンズという現象に限らず、現代天文学全体を通じて繰り返されてきました。JWSTがもたらしたアインシュタインリングの像は、その系譜上にある、ひとつの到達点です。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

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