太陽を隠す装置を、人類が打ち上げた。 のサムネイル
太陽観測公開 更新 1

太陽を隠す装置を、人類が打ち上げた。

編集・制作:未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

YouTube Shorts

Share

記事本文

プローバ3:2機の衛星で「人工日食」を作り、太陽コロナを撮る

皆既日食のとき、太陽本体が月にぴたりと隠され、その周囲に淡く広がる真珠色の光が現れます。これが太陽の外層大気「コロナ」です。普段は太陽本体があまりにまぶしいため見えませんが、本体だけが隠れると、その何百万分の一の明るさしかないコロナがようやく姿を現します。

問題は、自然の皆既日食がめったに起きず、起きても続くのが数分間にすぎないことです。地球上の特定の場所で、月と太陽と地球が一直線に並んだ、ごく短い瞬間だけ。そこで欧州宇宙機関(ESA)が考えたのが、「それなら自分たちで日食を作ればいい」という発想でした。2機の小さな衛星を宇宙で精密に並べ、片方がもう片方から見た太陽を覆い隠す。この計画が「プローバ3(Proba-3)」です。

プローバ3とは何か:2機で1台の観測装置になる衛星

プローバ3は、ESAの「PROBA(Project for On-Board Autonomy)」シリーズの3番目にあたる技術実証ミッションです。2024年12月5日、インドのサティシュ・ダワン宇宙センターからPSLVロケットで打ち上げられました。

特徴は、2機の衛星で1つの観測システムを構成することにあります。

  • オカルター衛星(掩蔽衛星):直径約1.4メートルの円盤を搭載し、太陽を覆い隠す「人工の月」の役割を担う機体。
  • コロナグラフ衛星:オカルターが作る影の中に入り、太陽コロナを撮影する観測機器「ASPIICS」を搭載した機体。

この2機が約150メートルの間隔をあけて宇宙空間に並びます。オカルターの円盤がコロナグラフ衛星に影を落とし、太陽本体の強烈な光をさえぎる。すると影の中にいるコロナグラフ衛星のカメラには、太陽本体のすぐ外側、これまで観測が難しかったコロナの内側の領域までくっきりと写るという仕組みです。

ASPIICSは「Association of Spacecraft for Polarimetric and Imaging Investigation of the Corona of the Sun」の略で、2機の宇宙機が協調してコロナを撮影・偏光観測する装置、という意味が名前に込められています。

なぜ「2機を離す」必要があるのか:地上の日食撮影との違い

「太陽を隠してコロナを撮る」だけなら、コロナグラフという装置は1台の望遠鏡の中でも実現できます。実際、太陽観測衛星にはレンズの手前に遮光円盤を置いたコロナグラフが昔から搭載されてきました。

ただし、1台の中で隠そうとすると弱点があります。遮光円盤のふちで太陽光がわずかに回り込んで散乱し(回折)、その光がコロナの淡い光に紛れてしまうのです。このため、太陽本体のすぐ近くにある最も知りたい領域が、散乱光に埋もれて観測しにくくなります。

遮光円盤を観測カメラから遠ざければ、この回折光の影響を抑えられます。しかし1台の衛星の中では、円盤とカメラの距離はせいぜい数メートルが限界です。プローバ3は、円盤を別の衛星に載せて約150メートルも離すことで、自然の皆既日食に近い理想的な状態を人工的に作り出しました。これが、わざわざ2機に分ける理由です。

核心は「ミリ単位の編隊飛行」という技術

プローバ3の本当の難しさは、観測そのものよりも、2機を正確に並べ続けることにあります。

オカルターの円盤がコロナグラフ衛星のカメラに正しく影を落とすには、150メートル離れた2機の相対位置を、ミリメートル単位で保ち続けなければなりません。少しでもずれれば、影が外れて太陽の強烈な光が直接カメラに飛び込んでしまいます。

しかも、地上から逐一操作して合わせるのは現実的ではありません。プローバ3の2機は、自分たちの相対位置をセンサーで測りながら、地上の指示を待たずに自律的に隊形を維持します。位置の計測には、衛星間で交わす光や電波の信号、そしてオカルターから差し込む光の当たり方を利用するといった複数の手法が組み合わされています。この「人の手を介さず、機械どうしが宇宙で精密に並ぶ」技術こそ、PROBAシリーズが掲げる自律性の実証であり、プローバ3最大の挑戦です。

1回の観測で最大6時間:自然の日食をはるかに超える

プローバ3が周回するのは、地球に最も近づくときで約600キロメートル、最も遠ざかるときで約6万キロメートルという、大きくゆがんだ楕円軌道です。1周するのにおよそ19〜20時間かかります。

衛星が地球から遠い領域をゆっくり進む間は、地球の重力の乱れが小さく、2機が安定して隊形を保ちやすくなります。この区間を使って人工日食の観測を行うと、1回あたり最大で約6時間もコロナを撮影し続けられる見込みです。

地上で見る自然の皆既日食が長くて数分であることを思えば、この差は大きい。数分ではなく数時間、コロナがどう変化していくかを連続して追えるようになります。

コロナが解き明かす謎:100万度を超える「コロナ加熱問題」

なぜそこまでしてコロナを観測したいのか。背景には、太陽物理学で長年未解明とされる問題があります。

太陽の表面(光球)の温度はおよそ6,000度なのに対し、その外側に広がるコロナは100万度を超える高温に達します。熱源である太陽本体から遠ざかったはずの外層のほうが、表面よりはるかに熱い。常識的には冷えていくべき場所が、逆に桁違いに熱くなっているのです。

このコロナがなぜそれほど高温になるのかは、2026年時点でも完全には解明されていません。磁場のエネルギーが波として運ばれて熱に変わる説や、小規模な磁気的爆発が無数に起きて加熱する説などが有力候補として議論されていますが、決着はついていません。コロナの内側、つまり加熱が起きているまさにその領域を連続的に観測することは、この謎に迫るための重要な手がかりになると期待されています。

また、コロナは太陽風や、地球の通信・電力網に影響しうる太陽嵐の発生源でもあります。その内側構造を詳しく知ることは、宇宙天気予報の精度向上にもつながります。

結局、何がすごいのか

プローバ3がすごいのは、新しい望遠鏡を作ったことではありません。これまで自然任せ・偶然任せだった皆既日食という現象を、2機の衛星をミリ単位で並べることで人類が「いつでも、長時間、繰り返し」作り出せるようにした点にあります。観測装置そのものを宇宙空間に分散させ、機械が自律して隊形を保つ——その編隊飛行技術の実証が、このミッションの本質です。

一方で、その先にある最大の問い、コロナがなぜ100万度を超えるのかという加熱問題は、まだ解かれていません。プローバ3は答えそのものではなく、答えに近づくための、これまでになく安定した観測の窓を人類の手にもたらした装置だといえます。

編集部の視点

この記事で注目したいのは、「観測装置そのものを2機に分割した」という発想の転換です。精度を上げるために望遠鏡を大きくする、ではなく、邪魔な散乱光を物理的に遠ざけるために宇宙空間を「光路長」として使う——その逆転の発想が面白い。また、プローバ3はコロナ加熱問題の「答え」ではなく、答えを探す観測窓を広げた装置です。「解明された」と読み間違えやすい点なので、まだ謎は残っているという事実はぜひ押さえておいてください。

よくある質問

Q. 2機の衛星はどうやって150メートルという距離を保ち続けるのですか?
地上からリアルタイムに操作するのではなく、2機が自分たちの相対位置をセンサーで測りながら自律的に隊形を維持します。衛星間で光や電波の信号を交わしたり、オカルターから差し込む光の当たり方を利用したりと、複数の計測手法を組み合わせています。この「人の手を介さない自律編隊飛行」こそがPROBAシリーズの技術実証の核心です。
Q. 1台の衛星に遮光円盤とカメラを一緒に乗せれば済む話では?
実際に従来の太陽観測衛星はそうしてきましたが、1台の中では円盤のふちで太陽光が回り込んで散乱する「回折」が避けられません。その散乱光がコロナの淡い光に紛れ、最も知りたい太陽本体に近い内側の領域が見えにくくなるのです。円盤とカメラを約150メートル離すことで、この回折光の影響を大幅に抑えられます。
Q. コロナは100万度もあるのに、なぜ太陽表面の熱が直接伝わらないのですか?
コロナの加熱は太陽表面からの単純な熱伝導ではなく、磁場エネルギーが波として運ばれる、あるいは小規模な磁気的爆発が無数に起きるといったメカニズムが候補として挙げられています。ただし2026年時点でも決着はついておらず、「なぜ遠ざかるほど熱くなるのか」はまさに未解明の問いです。
Q. 1回最大6時間観測できるとありますが、それ以外の時間は何をしているのですか?
プローバ3は地球に近い高度約600キロから遠い高度約6万キロまでの楕円軌道を、約19〜20時間かけて1周します。地球に近い区間は重力の乱れが大きく、2機の精密な編隊飛行が難しいため、観測は主に地球から遠い区間で行われます。つまり1周のうちの大部分は移動・態勢整備の時間に当たります。
Q. コロナを詳しく観測すると、私たちの日常生活にどんな影響がありますか?
コロナは太陽嵐や太陽風の発生源であり、大規模な太陽嵐は地球の通信衛星や電力網に実害をもたらすことがあります。コロナの内側構造を連続して観測できるようになれば、太陽嵐の発生をより早く・正確に予測する「宇宙天気予報」の精度向上につながると期待されています。

参考・情報源

本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。

※ 当サイトの内容の正確性には万全を期していますが、 科学的知見は日々更新されます。最新かつ正確な情報は、上記の一次情報源をご確認ください。 編集方針の詳細は編集方針・運営者情報をご覧ください。

未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部

NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。

PR編集部おすすめアイテム

Related

おすすめの宇宙観測

YouTube Channel

この記事が役に立ったなら、チャンネル登録を

新着ショート動画をいち早くお届けします。

チャンネル登録