
火星を部分的に改造する「局所的テラフォーミング」。
火星を部分的に改造する「局所的テラフォーミング」とは何か 赤い砂漠が地平線まで続く火星の大地に、透明なドームがひとつ立…

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赤い砂漠、薄い大気、平均マイナス60度の気温。現在の火星は、生命にとってほぼ完全に敵対的な環境です。しかし惑星科学の観点からは、この星が「もともとそうだった」わけではありません。かつて水が流れ、大気を持っていた証拠が積み重なるにつれ、ある問いが浮かび上がってきました。失われた環境を、意図的に取り戻すことはできるのか、と。
その試みを「テラフォーミング(Terraforming)」と呼びます。惑星をまるごと地球に似た環境へ作り変えるという構想です。
テラフォーミング論の前提として、まず火星の過去を押さえておく必要があります。
現在の探査が示す証拠によれば、約35億〜40億年前の火星は今とは大きく異なる姿をしていたと考えられています。分厚い大気をまとい、北半球には広大な海が存在していた可能性が高いとされています。深さ数百メートル、面積にして火星表面の3分の1を覆うほどの大洋です。川が大地を削り、湖が各地に広がっていた痕跡も確認されています。
なぜそこから現在の姿になったのか。その主要因として挙げられるのが、地磁気の消失です。約40億年前、火星の核が冷えて固まり、地球が持つような磁気バリアが失われたとされています。保護を失った大気は、太陽から放出される荷電粒子(太陽風)によって長い時間をかけて宇宙へと剥ぎ取られていったと考えられています。加えて、地球の約11%しかない質量に由来する弱い重力も、大気を引き止める力を限定してきました。
火星は生まれつきの死の星ではなく、変化の果てに現在の姿になった惑星です。テラフォーミングとは、その変化を逆向きに走らせる試みと言えます。
テラフォーミングという語は、1942年にSF作家ジャック・ウィリアムソンが作品の中で使ったのが最初とされています。長らく空想の領域にとどまっていたこの概念を科学的な議論の場に持ち込んだのが、天文学者カール・セーガンです。1971年、彼は金星のテラフォーミングに関する論文を発表し、その後火星にも目を向けました。
以来、惑星科学者や宇宙工学者たちは、「具体的に何をどの順序で行えば火星環境を変えられるか」という問いに様々な角度から取り組んできました。
現在提案されている火星テラフォーミングのシナリオは、大まかに段階を追って進みます。その核心にあるのが、地球温暖化でもおなじみの温室効果の活用です。
火星の南北両極には、水の氷と固体二酸化炭素(ドライアイス)が混在する極冠が存在します。また地下の永久凍土や鉱物の中にも相当量のCO₂が閉じ込められていると推定されています。
火星全体の温度をわずかに上昇させることができれば、これらのドライアイスが昇華(固体から直接気体へ移行すること)し始めます。大気中のCO₂が増えると温室効果が強まり、さらに温度が上がってより多くの氷が溶ける、という正のフィードバックが働く可能性があります。
その引き金として、これまでいくつかのアイデアが提案されてきました。
いずれも現時点では実現していない構想です。
気温が上昇すれば、次に凍結した水が液体に戻り始めます。火星の地下や極冠には、全て解ければ惑星全体をある程度の深さで覆えるほどの水が存在すると推定されています。谷や低地に水が流れ込み、かつての海の盆地が再び水をたたえるかもしれません。
大気と液体の水が確保された段階で、生物学的なプロセスが始まります。最初に導入が想定されているのは動植物ではなく、極限環境に適応した微生物です。地衣類、シアノバクテリア(藍藻)、コケ類などが候補として挙げられています。
これらの生物は光合成によってCO₂を取り込み、酸素を放出します。微生物が土壌を形成し、その土壌がより複雑な植物の定着を可能にする。植物が増えれば酸素濃度が高まっていく、という連鎖です。
各段階の所要時間については研究者によって幅がありますが、おおよそ以下のような推定が示されています。
テラフォーミング論には、根本的な課題が突きつけられています。
2018年、NASAの支援を受けたブルース・ジャコスキーらの研究チームが発表した論文は、大気を地球化するのに十分なCO₂が現在の火星には存在しないとする結論を出しました。極冠の氷も鉱物中の炭素も可能な限り使い切っても、大気圧を地球の約15%程度にしか上げられないというのです。
この試算が正しければ、現在提案されている手法では大気の厚みが根本的に不足します。新たな方法論や資源の発見がなければ、「今の技術・今の知識の範囲では」テラフォーミングは完成できないということになります。
また、仮に大気を形成できたとしても、別の根本問題が残ります。火星には現在、太陽風から大気を守る磁気バリアがありません。作り上げた大気は再び宇宙へ流出していく可能性があり、「維持し続ける」ための仕組みが必要になります。一案として、火星と太陽の間のラグランジュ点に人工の磁場発生装置を配置するという構想も提唱されています。
10万年という数字を、少し立ち止まって考えてみます。
現生人類(ホモ・サピエンス)がアフリカを出て各地に拡散し始めたのがおよそ7万年前とされています。農耕の始まりはおよそ1万年前、文字の発明はおよそ5,000年前です。記録された人類の全歴史よりも長い時間を、単一の惑星改造計画に費やすことになります。
これが意味するのは、この計画を始めた人間が完成を見ることは絶対にないということです。計画の起点から完成まで、何千世代もの引き継ぎが必要になります。各世代が行うのは、自分では成果を確認できない作業です。
人類の歴史には似た構造を持つ営みがあります。数百年かけて建設される大聖堂の礎を積んだ職人、植林や土地改良に生涯を費やした人々。テラフォーミングはそうした行為のスケールを極端に拡大した形と言えるかもしれません。ただしそれは、崇高さの話である前に、実現可能性と継続性をどう確保するかという工学的・社会的な難問でもあります。
火星テラフォーミングの議論をまとめると、以下のように整理できます。
比較的確かなこと
まだ不確かなこと・課題として残ること
火星のテラフォーミングは、科学的に「不可能」と断定されたわけではありません。同時に、現在の知識と技術の範囲では達成の見通しが立っているわけでもありません。10万年という時間スケールは、この問いの難しさをそのまま反映しています。
夜空のあの赤い点が、将来どのような色になるかはわかりません。ただ、その点がかつて水を持ち、大気をまとっていた惑星であることは、現在の証拠が示しています。そしてその未来を変えようとする構想が、今まさに惑星科学と工学の交差点で議論され続けているのも事実です。
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
NASA・ESA・JAXA・国立天文台などの公的機関が公開する観測データや研究成果をもとに、 宇宙科学のテーマをわかりやすく編集・制作しています。内容に誤りを見つけられた際は、 お問い合わせよりご指摘ください。
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