
人類最大の探査機が、いまエウロパの「海」へ向かっている。
エウロパ・クリッパー:木星の衛星エウロパに向かう探査機の現状と目的 この記事を読んでいる今も、探査機は宇宙を進んでいる…

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火星を人類の移住先として語るとき、話題の中心はしばしばロケットや宇宙服、居住ドームの設計です。しかし宇宙生物学の分野では、もう一つの問いが真剣に議論されてきました。「環境を人間に合わせて変えるのが困難なら、人間のほうを環境に合わせて設計できないか」という問いです。
火星が「第二の地球」候補として挙がるのには理由があります。自転周期が地球とほぼ同じ24時間37分であり、かつて水が流れた痕跡が地表に残っています。しかし環境の詳細を見ると、人間が生身で生活できる条件から大きく外れています。
数値で確認しておきましょう。
この磁場の喪失が、長期移住を考えるうえで特に大きな障壁となります。地球の磁場は、太陽から降り注ぐ高エネルギー粒子や宇宙線を遮る役割を果たしています。磁場を失った火星の地表では、その遮蔽が働きません。
NASAの探査車キュリオシティの計測によれば、火星地表での放射線量は地球上の数百倍に達するとされています。宇宙服やシールドで一時的に身を守ることは可能ですが、数十年・数世代にわたって「住む」となれば、DNAの蓄積損傷や発がんリスクの上昇、遺伝情報の劣化が深刻な問題となります。
人間の身体を宇宙環境向けに設計し直すという発想は、SFではなく科学的な議論の中で生まれました。1960年、科学者のマンフレッド・クラインズとネイサン・クラインは論文の中で「サイボーグ(Cyborg)」という概念を提唱しました。宇宙服という「持ち運ぶ地球環境」に人間を閉じ込めるのではなく、人体そのものを技術的に拡張して宇宙に適応させるべきだという提案でした。当時は機械的な改造が念頭にありましたが、21世紀に入って状況は変わりました。
2012年、「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」と呼ばれる遺伝子編集技術が登場しました。細菌の免疫機構を応用したこの技術は、DNAの特定の位置を狙って切り貼りすることを可能にします。それまで多大なコストと時間を要していた遺伝子操作が、CRISPRによって大幅に効率化されました。開発者のジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエは、この功績により2020年にノーベル化学賞を受賞しています。
この技術の成熟とともに、「放射線耐性を持つ人体を設計できないか」という問いが、実験室レベルで検討されるようになりました。
研究者たちが議論している「改造プラン」は、自然界に存在する生物の遺伝的特性を人間に移植するという発想を基盤としています。ゼロから何かを設計するのではなく、過酷な環境を生き延びている生物のメカニズムを応用するアプローチです。
その候補として注目されているのが、クマムシです。体長0.5ミリほどのこの微小生物は、乾燥・超低温・強烈な放射線に耐えることが知られています。その鍵となるのが「Dsup(ディーサップ)」と呼ばれるタンパク質で、放射線によるDNA切断を防ぐ働きをすると考えられています。
2016年、日本の研究チームがこのDsupをコードする遺伝子を特定し、培養したヒト細胞に組み込む実験を行いました。結果として、Dsupを持つヒト細胞では放射線によるDNA損傷が約40%軽減されたと報告されています。これは実験室の培養細胞レベルの成果であり、人体全体への適用とは大きな隔たりがあります。それでも、クマムシ由来の遺伝子がヒト細胞で機能したという事実は、この方向性の研究に一定の根拠を与えています。
放射線耐性以外にも、以下のような項目が議論されています。
これらはいずれも現時点では仮説的な検討段階にあり、実際に人間への適用が試みられているわけではありません。
人間の遺伝子改造は倫理的・技術的に遠い段階にありますが、関連する研究は別の形で進んでいます。
NASAや各研究機関は、合成生物学を用いた「火星で有用な微生物」の開発に取り組んでいます。火星の土壌や大気から酸素・燃料・食料・医薬品を生産できるよう遺伝子改造した微生物を、移住の補助システムとして活用する構想です。人間を改造するより先に、人間を支援する生物を改造するという、現実的な段階的アプローチです。
また、国際宇宙ステーション(ISS)では、宇宙の放射線や無重力が生物のDNAや遺伝子発現に与える影響を調べる実験が継続されています。長期滞在が人体に与える変化を理解することは、将来の火星適応を考えるうえでの基礎データになります。
技術的な課題と並んで、あるいはそれ以上に重くのしかかるのが倫理の問題です。
2018年、中国の科学者が遺伝子を編集した双子の赤ちゃんを誕生させたと発表し、国際的な批判を集めました。「生殖細胞系列の改変」、すなわちその後の世代すべてに受け継がれる遺伝子の改変は、現在、多くの国で禁止されています。
火星適応型の人体を設計するということは、このカテゴリに直接踏み込むことを意味します。いくつかの問題点を整理すると、次のようになります。
技術的な不確実性も残ります。人間のゲノムは無数の遺伝子が複雑に相互作用して成り立っており、一つの遺伝子を変えることで他の機能にどのような影響が及ぶかは、現時点では完全には把握できていません。
遺伝子編集技術は、火星移住とは別の文脈でも急速に進歩しています。鎌状赤血球症や一部の白血病など、これまで治療が難しかった遺伝性疾患に対して、CRISPRを利用した治療法が臨床段階に入りつつあります。
火星適応のための研究と、地上の医療応用は、同じ技術的基盤の上にあります。放射線耐性の強化や細胞修復機能の向上は、がん治療や老化研究とも重なります。宇宙移住という文脈で行われる研究が、地上の医療に還元される可能性もあります。
人類はいま、進化の方向性に意図的に関与できる技術を持ちはじめた最初の世代にあたります。何十億年にわたって、生命の変化は偶然の突然変異と自然選択によって進んできました。遺伝子編集はその過程に人為的な意図を加えるものです。
それが何を意味するかについて、科学者・倫理学者・政策立案者・市民の合意はまだ形成途上にあります。技術は準備を始めていますが、社会としての判断はそれに追いついていない状態です。
この問いを整理すると、次のようになります。
現時点で確認されていること
現時点で議論・検討段階にあること
現時点で答えが出ていないこと
火星への移住を真剣に議論するなら、ロケット技術と並んでこれらの問いにも向き合う必要があります。それは遠い未来の思考実験ではなく、遺伝子編集が医療の現場に入り始めたいま、すでに現在の課題として浮上しています。
参考・情報源
本記事は、以下の公的機関・専門機関が公開する観測データや研究成果を参考に、 編集部が制作しています。最新の研究状況や一次情報については、 各機関の公式サイトもあわせてご確認ください。
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未知なる宇宙科学 ARCHIVES 編集部
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